サディズムとは、一般には他者に苦痛を与えたり、支配したりすることと快楽を結びつける傾向を指す言葉である。しかし、この一語には現在、かなり異なる意味が重なっている。性的な加虐に関する意味、精神医学上の診断概念、人格心理学の「日常的サディズム(everyday sadism)」、BDSMにおけるサディズム、さらに日本語の日常表現である「S」「ドS」は、すべて同じものではない。
そもそも「サディズム」という語は、18世紀フランスの作家マルキ・ド・サド(Marquis de Sade)の名前に由来するが、サド本人が作った言葉ではない。19世紀前半にはすでに文化的・道徳的な語として現れ、19世紀末にクラフト=エビング(Richard von Krafft-Ebing)によって性科学の概念として体系化され、フロイト(Sigmund Freud)以後の精神分析では力の行使、攻撃、欲動、破壊性の問題へ拡張された。さらに現代のDSMやICDでは、非典型的な性的関心そのものと精神障害を区別する方向へ整理されている。
つまり、「サディズムとは何か」という問いには、一つの時代の定義だけでは答えられない。本記事では、現在使われている複数の意味をまず整理したうえで、サドの名がどのように19世紀性科学、精神分析、現代医学、BDSM、人格心理学、日常語へ枝分かれしていったのかをたどる。
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目次
サディズムとは?
現在の「サディズム」という言葉には、少なくともいくつかの異なる用法がある。一般語としては「他人を苦しめたり支配したりすることに快感を覚える傾向」というかなり広い意味で使われる。一方、性的な文脈では、他者の身体的・心理的苦痛や屈辱などが性的興奮と結びつくことを指す場合がある。しかし、それだけで現代精神医学上の「性的サディズム症(Sexual Sadism Disorder)」になるわけではない[1]。
人格心理学では、性的興奮を前提とせず、他者の苦痛や残酷さを楽しむ傾向を「日常的サディズム」として研究する領域がある。BDSMでは、合意した相手とのあいだで痛みや刺激を与えることを楽しむ実践や嗜好をサディズムと呼ぶことがある。さらに日本語では、「S」「ドS」が「意地悪」「強気」「人をからかうのが好き」といった非常に広い性格表現として使われる。
したがって、「サディズム」という語を見たときには、まずどの分野の、どの意味のサディズムなのかを確認する必要がある。
| 用法 | おおまかな意味 | 正式な医学診断か |
|---|---|---|
| 一般語のサディズム | 他者を苦しめたり支配したりすることへの快感 | いいえ |
| 性的サディズム | 他者の苦痛などと性的興奮が結びつく関心 | それ自体は診断名ではない |
| 性的サディズム症 | 一定の診断条件を満たす精神医学上の概念 | はい |
| 日常的サディズム | 他者の苦痛・残酷行動への選好を扱う人格特性研究 | いいえ |
| BDSMのサディズム | 合意された性的・関係的実践や嗜好 | それ自体は診断名ではない |
| 「S」「ドS」 | 日本語の日常的な性格表現 | いいえ |
この区別をしないと、「ドSだから精神疾患である」「BDSMのSだから性的サディズム症である」「人に意地悪だから医学的なサディストである」といった誤った等式が生まれる。
サディズムは病気なのか?
「サディズム」という言葉そのものは病名ではない。 現代精神医学では、性的関心そのものと、それが精神障害として診断される場合を区別する。
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)はDSM-5で、非典型的な性的関心である「パラフィリア」と、それが精神障害として診断される「パラフィリア症群」を明確に区別した。非典型的な性的関心があること自体を、そのまま精神障害とみなさないためである。この基本的な区別は現行のDSM-5-TRにも引き継がれている[1]。
「性的サディズム」と「性的サディズム症」は違う
DSM-5-TRの性的サディズム症では、他者の身体的または心理的苦痛から反復的かつ強い性的興奮を覚えるパターンが少なくとも6か月存在することに加え、同意していない人にその衝動を実行したことがあるか、またはその空想・衝動が臨床的に有意な苦痛や生活上の機能障害を生じさせていることなどが診断上重要になる[2]。
したがって、合意した成人同士で限定的な性的実践を行うことと、性的サディズム症という診断は同義ではない。アメリカ精神医学会自身も、非典型的な性的関心と精神障害を区別し、合意された非典型的行動がそれだけで精神障害とラベル付けされないようDSM-5で分類を改めたと説明している。MSDマニュアルも、合意した成人間で行われ、診断条件を満たさない性的サディズム的行動は、それ自体でパラフィリア症群とはみなされないと説明している[1][2]。
ICD-11ではどう扱われているのか?
世界保健機関(World Health Organization)のICD-11では、旧ICD-10の「F65.5 サドマゾヒズム」という一括カテゴリーがそのまま維持されているわけではない。現在は「強制的性的サディズム症(Coercive sexual sadism disorder)」が置かれている。そこでは、同意していない人への身体的または心理的苦痛を性的興奮の焦点とする持続的・集中的なパターンに加え、その思考・空想・衝動に基づいて行動したこと、またはそれらによって著しい苦痛を感じていることが診断上問題となる[3]。
さらに重要なのは、世界保健機関が合意的な性的サディズムおよびマゾヒズムを、この診断カテゴリーから明示的に除外していることである。したがって、合意的BDSMのサディズムを、そのまま強制的性的サディズム症とみなすことはできない[3]。
一方、ICD-11には「単独行動または合意した相手を含むパラフィリア症(Paraphilic disorder involving solitary behaviour or consenting individuals)」も存在する。そのため、「合意があればどのような場合でも臨床上の問題になりえない」と単純化することもできない。合意者間や単独の行動であっても、社会的拒絶への恐れだけでは説明できない著しい苦痛や、重大な傷害・死亡リスクなどがある場合には、別の臨床評価が問題になりうる[3]。
ICD-10の旧「F65.5 サドマゾヒズム」は、ICD-11ではこの合意者間・単独行動を扱いうるカテゴリー側にも対応づけられ、「サドマゾヒズム」は廃止された旧称として残されている。概念史的には、旧来の一括カテゴリーが、非同意を中心とする診断カテゴリーと、合意者間・単独行動を扱いうるカテゴリーへ分岐したと理解すると分かりやすい[3]。
また、性犯罪とサディズム障害も同義ではない。 非同意の性的加害が行われたからといって、それだけで強制的性的サディズム症が自動的に成立するわけではなく、持続的・焦点化された性的興奮パターンなどを含めて評価される。
サディズムとマゾヒズムの違いとは?
サディズムとマゾヒズムは、歴史的には「加虐/受苦」「支配/服従」「能動/受動」という対概念として整理された。サディズムは他者へ苦痛を与える側、マゾヒズムは自らが苦痛や屈辱を受ける側という説明は、基本的な違いを理解するうえでは分かりやすい。
しかし、概念史全体を見ると、両者を完全な反対物として扱うことはできない。19世紀末のクラフト=エビングはサディズムとマゾヒズムを性科学上の対概念として明確化したが、フロイトは、一人の人間の中に能動的・受動的な両側面が存在しうることや、サディズムとマゾヒズムが相互に変換されうることを論じた。『性理論三篇』の1905年初版にも、サディスティック/マゾヒスティックな傾向が同一人物の中に併存しうるという記述が確認されるが、後年版で大幅な増補が行われているため、初版帰属を論じる際には校訂された1905年版と後年版を区別する必要がある[4]。
1913年にはイジドール・ザドガー(Isidor Sadger)が「サド=マゾヒズム的複合について」を発表しており、初期精神分析で両者を一つの複合として扱う明瞭な例となっている[4]。
その後、ドゥルーズ(Gilles Deleuze)は1967年の『ザッヘル=マゾッホ紹介』で、サドとザッヘル=マゾッホを単に一つの欲動の能動側・受動側としてまとめること自体を批判した。
したがって、現代の日常語でよくある「人間はSかMのどちらか」という二択は、歴史的な性科学・精神分析・現代医学のどれからも、そのまま導ける科学的分類ではない。
BDSMの「S」とサディズム、「ドS」は同じなのか?
BDSMという言葉は一般に、拘束・規律、支配・服従、サディズム・マゾヒズムという複数の要素をまとめた名称として使われている。したがってBDSMの「S」にサディズムが含まれること自体は間違いではない。しかし、BDSM参加者を単純に「SとM」に二分することはできない。 BDSM研究では、サディスト/マゾヒスト、ドミナント/サブミッシブ、トップ/ボトムなどの役割や嗜好は必ずしも一致しないことが指摘されている[5]。
たとえば、相手に身体的刺激を与えるトップが、関係全体ではドミナントであるとは限らない。また、支配‐服従関係を好む人が必ず痛みを与えたり受けたりすることを好むとも限らない。
現代のBDSM研究では、合意、事前の交渉、境界設定、権力交換などが重要な要素として扱われている。2019年の系統的レビューでも、BDSMは単なる「残酷行為」ではなく、性的嗜好、人格、関係性、痛みと報酬、役割などを含む多次元的な現象として検討されている[5]。
これは「BDSMでは同意違反が絶対に起こらない」という意味ではない。しかし、少なくとも合意されたBDSMのサディズムと、非同意者を対象とする医学的・法医学的な性的サディズムを同一視することはできない。
日本語の日常会話で使われる「S」「ドS」も医学用語ではない。「意地悪」「強気」「人をからかう」「支配的」といった非常に広い性格表現として使われることがあり、DSMやICDの診断概念、人格心理学の日常的サディズム、BDSMの役割とは区別する必要がある。
なお、日本語の「ドS」という表現がいつ成立したのかについては、本記事の基礎調査ではコーパスによる初出調査を行っていないため、起源年代については扱わない。
サディズムの語源:なぜサドの名前から生まれたのか?
「サディズム」は、フランスの作家サドの名前に由来する。しかし重要なのは、サド本人がこの言葉を作ったわけではないということである。
サドは1814年に死去している。重要な早期資料として確認できるのが、ピエール=クロード=ヴィクトワール・ボワスト(Pierre-Claude-Victoire Boiste)の『フランス語普遍辞典』第8版である。ボワスト本人は1824年に死去しており、この第8版はシャルル・ノディエ(Charles Nodier)による改訂版として1834年に刊行された。フランス国立テキスト語彙資料やフランス国立図書館の資料でも、1834年版の sadisme が重要な早期辞書収録例として扱われている[6]。
そこでは現在の医学的診断とは異なり、放蕩の恐るべき逸脱や反社会的な「体系」といった、強い道徳的・社会的意味を持つ語として扱われていた。したがって1834年の sadisme は、現代の性的サディズム症ではない。サドという人名が、まず「怪物的な放蕩」「残酷」「反社会性」を象徴する文化的記号へ変化したのである。
また、医学化以前から sadique は文学批評語として使われている。サント=ブーヴ(Charles-Augustin Sainte-Beuve)はフローベール(Gustave Flaubert)の『サランボー』を論じた1862年12月15日の批評で、残酷描写について Une pointe d’imagination sadique という表現を用いている。この『サランボー』評は『ル・コンスティテュショネル』の1862年12月8日・15日・22日に掲載され、のち『新月曜閑談』第4巻へ収録された[6]。
つまり概念史を大きく整理すれば、サドという人名から道徳的・文化的な sadisme が生まれ、それが文学批評語としても使われ、さらに19世紀末に性科学の専門語へ変換されたという順序になる。
なお、1834年のボワスト辞典は重要な早期辞書例だが、「人類史上最初に sadisme という語が使われた瞬間」とまでは断定できない。新聞、私信、パンフレットなどを含む全用例の初出証明ではないためである。
クラフト=エビングはサディズムをどう医学化したのか?
19世紀末、クラフト=エビングによって、サディズムは性科学・精神医学の専門的カテゴリーへ組み込まれていく。
クラフト=エビングの『性精神病理』初版は1886年に刊行された。しかし、「1886年にクラフト=エビングがサディズムという語をゼロから発明した」と説明するのは正確ではない。フランス語の sadisme はそれ以前から存在していた。
概念史上の重要な節目は、1890年の『性精神病理領域における新研究』である。この著作で、フランス語 sadisme に由来する Sadismus と、ザッヘル=マゾッホの名に由来する Masochismus が性科学上の術語対として導入された。[7]
クラフト=エビングにおいてサディズムは、他者への支配、残酷行為、苦痛と性的満足の結合として整理され、マゾヒズムと対概念化された。ただし、この理論には19世紀特有の正常/倒錯、男性/女性、能動/受動という性規範が色濃く反映されている。そのためクラフト=エビングの分類を、そのまま現代医学の定義として読むことはできない。
クラフト=エビングがサド本人を診断したわけではない
ここでも人物と概念を分ける必要がある。サドは1814年に死去しており、クラフト=エビングが生まれるより前の人物である。当然ながら、クラフト=エビングがサドを診察して「サディズム」と診断したわけではない。
より正確には、すでに残酷・放蕩の文化的象徴になっていた「サド」という名前が、後世に成立した医学カテゴリーの名称として利用されたと考えるべきである。
フロイトと精神分析はサディズムをどう変えたのか?
クラフト=エビングがサディズムを性科学上の「倒錯」として体系化したのに対し、フロイトはサディズムを、より一般的な性欲動、攻撃、力の行使、能動/受動の問題へ広げていった。
ただし、フロイトのサディズム論は一つの理論のまま固定されていたわけではない。1905年、1915年、1920年、1924年で考え方が変化している[4]。
1905年:通常の性欲動との連続性
『性理論三篇』では、サディズム/マゾヒズムは倒錯論のなかで扱われながらも、サディズムの根を通常の性欲動に含まれる攻撃的・相手を圧倒する成分との連続性から考えようとしている。フロイトは、異常な性と正常な性のあいだに絶対的な壁を置くより、通常の性生活にもいわゆる倒錯的要素が部分的に存在しうると考えた。
1905年初版にはすでに「攻撃」や「圧倒」にあたる語と、サディスティック/マゾヒスティックな傾向が現れ、同一人物内に両傾向が併存しうるという記述も確認される。ただし、ウェブで容易に参照できる英訳には後年の増補が混在するため、「1905年初版に存在する」と版次を限定する場合には、初版を復元した校訂版を基準にする必要がある。[4]
1915年:暴力・力の行使と圧倒
1915年の「欲動とその運命」では、サディズムの初期形態は他者に対する暴力・力の行使の側に置かれる。フロイトはここで、苦痛を与えることそれ自体を原初的な欲動目標とはしていない[4]。
そこから対象を自己へ向け返し、能動から受動へ反転することでマゾヒズムが成立するというモデルが示された。この段階では、単純な「痛みを与える欲望」だけではなく、他者を圧倒し、力を行使することが重要なのである。
1920~1924年:死の欲動によって理論が変わる
1920年の『快楽原則の彼岸』で死の欲動が導入されると、それ以前の「マゾヒズムはサディズムが自分自身へ向け直されたもの」という説明だけでは足りなくなる。一次的マゾヒズムの可能性が前景化し、旧モデルが修正され始める。
1924年の「マゾヒズムの経済的問題」では一次的・エロゲノスなマゾヒズムが認められ、破壊的な欲動の一部が外部へ向けられ、それが性的機能に奉仕する場合にサディズムとして配置される[4]。
つまりフロイトのサディズム論は、「他人を苦しめる性的倒錯」の説明から、攻撃、圧倒、力の行使、欲動の方向転換、破壊性をめぐる理論へ拡張され、その発生論的位置自体も変化していったのである。
アブラハムとクライン
フロイト以後、カール・アブラハム(Karl Abraham)やメラニー・クライン(Melanie Klein)によって、この意味はさらに広がった。
なお「肛門サディズム的段階」という理論はアブラハムがゼロから作ったものではなく、フロイトによる1913年の肛門サディズム的体制の議論が先行し、アブラハムが1924年に口唇期・肛門期をさらに細分化して、対象の破壊、保持、所有、統御などと結びつけた。
クラインはさらにサディズムを乳幼児期の幻想、破壊性、迫害不安、初期対象関係の問題へ展開した。この段階になると、精神分析でいう「サディズム」は成人の特殊な性的嗜好だけを意味する言葉からかなり離れている。
この精神分析から20世紀思想への展開については、別記事「サディズムの思想とは?」で詳しく扱っている。
性格としてのサディズム:日常的サディズムとは?
現代心理学には、性的サディズム症とは別に、日常的サディズムあるいは「特性としてのサディズム」と呼ばれる研究領域がある。
ここで問題になるのは、必ずしも性的興奮ではない。他者の苦痛を楽しむこと、残酷な行動そのものに報酬を感じる傾向、他人を傷つけるために労力を払う傾向などを、人格特性として研究する[8]。
2009年にはユーグ・シャブロル(Hugues Chabrol)らが、ナルシシズム、マキャヴェリズム、サイコパシーにサディスティックな人格特性を加えた四つの「ダークな人格特性」を検討している。2011年にはオメーラ(Aisling O’Meara)らが短縮版サディスティック衝動尺度の心理測定特性を検討し、サディスティックな傾向を連続的な人格特性として測定しようとした。2013年にはエリン・バックルズ(Erin E. Buckels)、ダニエル・ジョーンズ(Daniel N. Jones)、デルロイ・ポールハス(Delroy L. Paulhus)が実験的課題を使って日常的サディズムを検討し、他者を傷つける機会のために労力を払う行動との関連を報告した[8]。
こうした研究は、後に「ダーク・テトラッド」という呼び方で広く論じられるようになった。ただし、サディズムがサイコパシー、攻撃性、敵対性などからどこまで独立した人格特性なのかについては研究が続いている。そのため、「人に意地悪な人=科学的にサディストという人格である」と単純に診断することはできない。
日常的サディズムはDSMやICDの正式診断名でもない。「サディスト性格」という日常語を、そのまま医学的な人格診断へ置き換えるべきではない。
サド本人とサディズムは同じものなのか?
同じではない。
サディズムという言葉がサドの名前から作られたことは事実だが、それによって後世の性科学・精神分析・精神医学の「サディズム」が、歴史的人物サドそのものを説明するわけではない。
最低でも、歴史的人物としてのサド、サドの文学作品に登場するリベルタンたち、19世紀に成立した sadisme、クラフト=エビングのサディズム、フロイト以後の精神分析概念、現代の性的サディズム症は区別する必要がある。
また、サドの小説には拷問、殺人、性的加虐、支配などが大量に描かれるが、文学作品に描かれた行為から作者本人を現代の診断基準で遡及診断することはできない。 作中人物の思想や性的行為を、そのまま作者本人の心理状態と同一視することも避けるべきである。
サド本人の人物史については「サドとは?」、思想については「サドの思想とは?」、文学形式については「サドの文学とは?」でそれぞれ詳しく扱っている。
サディズムは「思想」になったのか?
厳密には、「サディズム」という一つの思想体系が成立したわけではない。しかし20世紀になると、サドという作家とサディズムという概念は医学の外へも広がり、自由、他者、否定、死、主権、法、欲望、享楽を考えるための思想的な問題として読み直された。
ここでは二つの歴史を区別した方がよい。クラフト=エビング、フロイト、アブラハム、クラインへ続くのはサディズムという概念そのものの思想史である。一方、1940年代以降のフランス思想で前景化するのは、主としてサドという作家と作品の受容思想史である。
シモーヌ・ド・ボーヴォワール(Simone de Beauvoir)はサドを身体を持つ自由と他者の自由の葛藤から読み、ジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille)は侵犯・エロティシズム・死・主権の問題と結びつけた。モーリス・ブランショ(Maurice Blanchot)は理性、無感動、否定、言語の運動を問題にし、ジャック・ラカン(Jacques Lacan)は「カントとサド」で道徳法則と享楽の命令の関係を論じた。ドゥルーズはさらに、サディズムとマゾヒズムを一つの複合概念へまとめる伝統自体を批判した。
ここで扱われているのは、もはや「人を痛めつけると興奮する人」の心理だけではない。この思想史については、子記事「サディズムの思想とは?」で詳しく扱う。
サディズムは文学でどう表現されてきたのか?
「残酷な文学」や「暴力的な小説」をすべてサディズム文学と呼ぶことはできない。
文学におけるサディズムを考える場合には、少なくとも、サド本人や作品を直接受容している文学、性的加虐や支配を主題にする文学、サドに特徴的な反復・分類・身体配置・制度化などの形式を持つ文学を分ける必要がある。
つまり、「サド的文学」と「加虐的な文学」は必ずしも同じではない。サドの名や作品を明示的に受け継いでいなくても加虐や支配を描く文学は存在するし、逆にサドを直接参照していても、作品の中心が「他人の苦痛を楽しむこと」ではない場合もある。
このため文学史では、単に作品の残酷さを測るのではなく、直接受容、作品内引用、批評史上の比較、主題、文学形式を分離する必要がある。詳しくは別記事「サディズムの文学とは?」でも扱っている。
よくある質問
Q. サディズムは生まれつきですか?
現在の研究から、「サディズムは一つの遺伝的要因だけで生まれつき決まる」と断定することはできない。歴史的にはフロイトやアブラハム、クラインらが発達理論を提示したが、それらは現代の遺伝学や神経科学による単一原因の証明ではない。性的関心、人格特性、社会的経験などを含む複数の問題を分けて考える必要がある。
Q. サディズムとサイコパスは同じですか?
同じではない。人格心理学の日常的サディズムとサイコパシーには関連や重複が研究されているが、同義語ではない。また「サイコパス」自体も日常語と研究上の概念を混同しない方がよい。
Q. サディズムとマゾヒズムを両方持つことはありますか?
歴史的にはフロイトの時点ですでに、一人の人間の中にサディスティック/マゾヒスティックな両側面が存在しうることが論じられている。「SとMは完全な二択」という理解は単純すぎる。
Q. BDSMのSはサディストですか?
BDSMのサディズムを好む人がサディストを自称することはある。しかし、サディスト、ドミナント、トップは必ずしも同義ではなく、BDSMのサディズムを好むこと自体が性的サディズム症という診断を意味するわけでもない。
Q. 「ドS」は医学的なサディズムですか?
いいえ。「ドS」は医学的診断名ではなく、日本語の日常表現である。
Q. サド本人は本当にサディストだったのですか?
サドの名が後世の sadisme の語源になったことと、歴史的人物サドを現在の性的サディズム症で診断することは別問題である。後者のような遡及診断はできない。
まとめ:サディズムは一つの意味を持つ言葉ではない
「サディズム」という言葉は、サド本人から現代まで一つの意味のまま続いてきたわけではない。
サドの死後、その名前から19世紀の文化的・道徳的な sadisme が生まれ、1890年にはクラフト=エビングがサディズム/マゾヒズムを性科学上の術語対として導入した。フロイトはそこから攻撃、圧倒、力の行使、能動/受動、欲動の方向転換へ問題を広げ、後代の精神分析や思想では破壊性、他者、法、欲望、享楽までが論じられるようになった。
一方、現代精神医学では、性的関心そのものと精神障害を区別する方向が明確になっている。ICD-11では合意的な性的サディズム/マゾヒズムが強制的性的サディズム症から明示的に除外される。さらに人格心理学には日常的サディズムという別の研究領域があり、BDSMにおけるサディズムや日本語の日常語「S」「ドS」も、それぞれ異なる文脈に属する。
したがって、「サディズムとは何か」を考えるときに最も重要なのは、単一の定義へすべてを押し込むことではない。誰が、いつ、どの分野で、どの意味の「サディズム」を語っているのかを区別することである。
この記事の調査について
本記事では、「サディズム」を歴史的人物サドから現代まで直線的に続く一つの概念とは扱っていない。歴史的人物サド、サド文学、19世紀の文化語、クラフト=エビング以後の性科学、フロイト以後の精神分析、現代精神医学、日常的サディズム、BDSM、日本語の日常語を区別した。
語源については、1834年のボワスト辞典第8版(ノディエ改訂)を重要な早期辞書収録例として扱い、「世界最初の使用例」とは断定していない。医学化以前の用例としては、サント=ブーヴによる1862年のフローベール『サランボー』評に見られる imagination sadique も確認した。
クラフト=エビングについては1886年の『性精神病理』初版と、1890年の『性精神病理領域における新研究』を分けた。サディズム/マゾヒズムという性科学上の術語対の導入は1890年に置き、「1886年にサディズムという言葉を発明した」とはしていない。
フロイトについては1905年初版と後年増補版を区別した。ウェブで閲覧可能な後年版英訳だけを根拠に1905年初版の文言を確定せず、初版帰属には1905年版の校訂研究を優先した。また1915年については、フロイトのドイツ語 Machtbetätigung を一律に「支配」とせず「力の行使」、Überwältigung を「圧倒/制圧」、Bemächtigung を「掌握」と区別した。
現代医学については、DSM-5-TRにおける性的サディズム症と、WHO ICD-11における強制的性的サディズム症を区別した。WHOが合意的な性的サディズム/マゾヒズムを診断カテゴリーから明示的に除外していることを確認する一方、合意者間・単独行動を対象としうる別カテゴリーの存在を踏まえ、「合意があればどのような実践も医学上問題になりえない」という逆方向の単純化も避けた。
注
- アメリカ精神医学会はDSM-5で、非典型的な性的関心である
paraphiliaと、精神障害としてのparaphilic disorderを区別した。同学会は「大多数の非典型的な性的関心を持つ人は精神障害ではない」と説明し、性的サディズム症をパラフィリア症群の一つとして収載している。American Psychiatric Association「Paraphilic Disorders」。DSM-5-TRは2022年刊。APA「About DSM-5-TR」 - 性的サディズム症の診断基準はAmerican Psychiatric Association, Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR), 2022, “Sexual Sadism Disorder”を基準とした。補助資料としてMSD Manual Professional Editionは、他者の身体的・心理的苦痛からの反復的で強い性的興奮、6か月以上の持続、および非同意者への実行または臨床的に有意な苦痛・機能障害を主要条件として整理している。MSDマニュアル「性的サディズム症」
- WHOのICD-11 CDDR(2024)では、パラフィリア症群の下に
6D33 Coercive sexual sadism disorderおよび6D36 Paraphilic disorder involving solitary behaviour or consenting individualsが置かれている。6D33は、非同意者への身体的・心理的苦痛を性的興奮の焦点とする持続的・集中的パターンに加え、その思考・空想・衝動に基づいて行動したこと、またはそれによる著しい苦痛を要件とし、合意的な性的サディズムおよびマゾヒズムを明示的に除外する。旧ICD-10F65.5 SadomasochismはICD-11では6D36側にも対応づけられ、sadomasochism (deprecated)が同義語として残る。WHO, Clinical descriptions and diagnostic requirements for ICD-11 mental, behavioural and neurodevelopmental disorders, 2024 - フロイトのサディズム/マゾヒズム論は年代によって変化する。1905年初版『性理論三篇』への帰属確認には、後年の増補を含むウェブ英訳だけではなく、Philippe Van Haute, Herman Westerinkほかによる初版校訂研究を優先する。1915年「欲動とその運命」では
Gewalttätigkeit(暴力)、Machtbetätigung(力の行使)などが重要であり、1905年のÜberwältigungは圧倒/制圧、Bemächtigungは掌握と訳し分ける。1920年『快楽原則の彼岸』で死の欲動が導入され、1924年「マゾヒズムの経済的問題」で一次的・エロゲノスなマゾヒズムを認める方向へ理論が再編される。ザドガーについてはIsidor Sadger, “Über den sado-masochistischen Komplex,” Jahrbuch für psychoanalytische und psychopathologische Forschungen, vol. 5, 1913を参照。 - De Neefほかの2019年の系統的レビューはBDSMを拘束・規律、支配・服従、サディズム・マゾヒズムを含む多次元的現象として整理し、BDSMへの関心・実践を生物・心理・社会的側面から検討している。De Neef et al., “Bondage-Discipline, Dominance-Submission and Sadomasochism (BDSM) From an Integrative Biopsychosocial Perspective”
- Pierre-Claude-Victoire Boiste, Dictionnaire universel de la langue française, 8e éd., Charles Nodier改訂, 1834。
sadismeの重要な早期辞書例。BnFによるサド解説およびTLFiも参照。ただし絶対初出とはしない。BnF「Le Marquis de Sade : de l’œuvre cachée à l’écrivain surexposé」。医学化以前のsadiqueについては、Charles-Augustin Sainte-Beuve, “Salammbô par M. Gustave Flaubert,” Le Constitutionnel, 8, 15, 22 décembre 1862、のち Nouveaux Lundis, t. IV収録。12月15日掲載分にUne pointe d’imagination sadiqueが確認できる。OBVIL/Huma-Num「Nouveaux Lundis, Tome IV」 - クラフト=エビング『Psychopathia Sexualis』初版は1886年。サディズム/マゾヒズムという性科学上の術語対の導入は、1890年の Neue Forschungen auf dem Gebiet der Psychopathia sexualis に置く。先行するフランス語
sadismeと、ドイツ語性科学上のSadismusの導入は区別する。Harry Oosterhuis, “Sexual Modernity in the Works of Richard von Krafft-Ebing and Albert Moll”も参照。Cambridge Core - Hugues Chabrol et al.(2009)は若年者を対象にナルシシズム、マキャヴェリズム、サイコパシー、サディスティックな人格特性を検討した。O’Meara, Davies & Hammond(2011)はShort Sadistic Impulse Scale(SSIS)の心理測定特性を検討し、Buckels, Jones & Paulhus(2013)は日常的サディズムを実験的に検討した。O’Meara et al., “The psychometric properties and utility of the Short Sadistic Impulse Scale”/Buckels, Jones & Paulhus, “Behavioral confirmation of everyday sadism”
参考資料・主要出典
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). 2022.
- American Psychiatric Association. “Paraphilic Disorders.” APA
- World Health Organization. Clinical descriptions and diagnostic requirements for ICD-11 mental, behavioural and neurodevelopmental disorders. 2024. WHO
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