マルキ・ド・サドの文学と聞けば、まず性、暴力、拷問、犯罪といった過激な内容が思い浮かぶ。実際、それらはサド作品の重要な要素であり、猥褻性や残酷さを無視してサドを「高尚な思想家」に仕立て直す必要はない。しかし、サド文学が200年以上にわたって読み継がれ、ブランショ、バタイユ、ボーヴォワール、ドゥルーズ、バルトらの批評対象となった理由は、単に「残酷なことを書いたから」だけでは説明できない。
サド文学の特異さは、性や暴力を反復し、列挙し、分類し、数量化し、規則と制度の中へ配置することにある。身体は人格から切り離されて部位や機能の組合せへ変わり、性行為の途中には宗教・自然・法律・犯罪についての長大な哲学演説が挿入される。放蕩を描きながら異様なほど規則正しく、既存の道徳を破壊しながら、その跡地には欲望を実行するための新しい秩序が作られる。この矛盾した形式こそ、サド文学を単なる残酷小説やポルノグラフィだけでは説明できなくする重要な特徴である[1]。
なお、サドは小説だけを書いた作家ではない。戯曲、短篇、文学論、書簡、政治文書なども多数残している。本記事ではそのうち、とくにサドの文学的特徴が強く現れる小説・物語作品を中心に扱う。サド自身の生涯については「サドとは?」にまとめた。また、「サドの思想」ではサドの思想に焦点を絞り詳細に解説した。

目次
サドの文学とは?
サド文学を最も簡単に説明するなら、性・暴力・犯罪・欲望を、物語だけでなく分類、反復、制度、論証によって組織する文学だと言える。もちろん、サド以前にも猥褻文学、残酷文学、リベルタン文学は存在した。暴力的な場面や性的な場面を書くだけなら、サドだけの特徴ではない。サドが極端なのは、それらを一つ一つの事件として描くのではなく、何百という行為へ増殖させ、種類別に並べ、人数、時間、場所、規則を与え、一種の体系に近づけてしまうことである。
Lucienne Frappier-Mazurは、サドのオルギアを「無秩序」だけではなく、プロトコル、階層、反復、権力、法という問題から分析している。Marcel Hénaffも、サドにおける身体を生産・使用・交換・浪費といったモデルから捉えている[1]。
たとえば『ソドム百二十日』では欲望が段階ごとに分類され、『ジュスティーヌ』では美徳を守ろうとする主人公が繰り返し不幸に遭い、そのたびに加害者が自らの犯罪を哲学的に正当化する。『ジュリエット』では逆に、悪徳を選んだ主人公が成功していく。『閨房哲学』では性行為そのものが教育として組織され、その途中で宗教、自然、法律、政治について議論される。つまりサド文学では、「何が起きるのか」という物語と、「なぜそれが許されるのか」という論証と、「それを何種類、何回、どの順番で行うのか」という分類が一体化している。
サドの代表作は何か?
サドの文学を知るうえで、まず押さえておきたいのが『ソドム百二十日』『ジュスティーヌ』『新ジュスティーヌ』『ジュリエット』『閨房哲学』『アリーヌとヴァルクール』である。これらは同じタイプの作品ではなく、サド文学の異なる側面を示している。主要作品の書誌はBnFの作品典拠やMichel Delon編Pléiade版で確認できる[2]。
『ソドム百二十日』
正式には『ソドム百二十日あるいは放蕩学校』。サドがバスティーユ監獄にいた1785年、33枚の紙を貼り合わせた約12メートルの巻物に極小字で清書した未完稿である。第一部は詳しく書かれているが、第二部から第四部の大部分はアウトラインやリストの状態にとどまっているため、「1785年に完成した四部構成長編」と説明するのは正確ではない[3]。
四人の権力者が外界から隔離された城へ多数の人間を閉じ込め、四か月にわたって欲望を段階的に実行する。構想では四人の語り手がそれぞれ一か月を担当し、一日5件、各月150件、合計600の「情欲」が、単純なものから複合的、犯罪的、殺人的なものへ段階化される。サド文学の分類、数量化、閉鎖空間、階級、時間割、身体配置、制度化が最も極端な形で現れる作品である。
『ジュスティーヌ:美徳の不幸』
1791年刊。美徳を守ろうとするジュスティーヌが、その美徳ゆえに繰り返し犯罪者や権力者の犠牲になるという逆説的な物語である。通常の教訓小説では善行が報われ、悪徳が罰せられる。しかし『ジュスティーヌ』ではその因果関係が反転する。主人公が被害を受けるたび、犯罪者は自分の行為を自然、欲望、権力、無神論などによって長々と正当化する。事件と哲学演説の結合が明確に現れる作品でもある[2]。
『新ジュスティーヌ』
『ジュスティーヌ』を大幅に増補・過激化した作品で、標題紙には1797年と記される。ただし地下出版であるため、標題紙の年と実際の刊行・流通時期を単純に同一視しない方がよい。初期の『ジュスティーヌ』と比べて性描写、暴力、犯罪、哲学演説が大幅に増殖し、同じ基本構図をより巨大な反復体系へ作り直した作品と見ることができる[2]。
『ジュリエット』
ジュスティーヌの姉妹ジュリエットを主人公とする巨大な小説である。年記は1797年だが、実際の刊行は1801年初頭が有力とされる。美徳を守って不幸になるジュスティーヌに対し、ジュリエットは悪徳を選び、権力、富、快楽を獲得していく。ここでは犯罪そのものだけでなく、犯罪を正当化する演説、反復、移動、人物の交替が膨大な規模で連続する。『新ジュスティーヌ』とあわせ、サドの小説がどこまで肥大化しうるかを示す作品である[2]。
『閨房哲学』
1795年に匿名で刊行された七つの対話からなる作品。15歳のウジェニーが閨房でリベルタン的な性と思想を「教育」されていく。特徴的なのは、性行為と哲学教育がほとんど同じ空間で行われることである。身体を実際に動かしながら、宗教、自然、法律、道徳、政治について議論する。第五対話には「フランス人よ、共和主義者たらんと欲するなら、もう一努力を」という政治的文章が挿入されている[2]。
『アリーヌとヴァルクール』
1795年刊。バスティーユで1785年から1788年にかけて書かれた書簡体小説で、性愛だけでなく家族、結婚、政治、社会制度、理想社会などを扱う。『ソドム百二十日』や『ジュリエット』のような極端な反復形式とは異なるため、サドを「残酷な性描写だけを書く作家」と理解しないためにも重要な作品である[2]。
サド文学の特徴①:性と暴力が「分類」される
サド文学でまず目につくのは、途方もない量の性行為や暴力である。しかし文学形式として重要なのは、その「量」そのものよりも、量が分類されていることである。とくに『ソドム百二十日』では、欲望は無秩序に並ぶのではなく、カテゴリーへ分けられ、日程の中へ配置され、段階的に強度を上げる。四人の語り手が一日ごとに複数の事例を語り、それを城の中の権力者たちが実行する。物語が進むというより、欲望のカタログが一項目ずつ処理されていくような構造を持つ[3]。
ここで起きているのは、単なる残酷描写のエスカレーションではない。分類そのものと暴力の強度上昇が連動している。 Roland BarthesやLucienne Frappier-Mazurらが注目したのも、こうした列挙、分類、反復、組合せの形式だった。Frappier-Mazurの研究には「反復と書くこと」「オルギアのプロトコル」「オルギアの階層」といった問題が明示的に置かれている[1]。
サド文学の特徴②:身体が「人間」から「組合せ」へ変わる
サド作品では、人物の身体がしばしば人格的な全体として扱われなくなる。身体は部位、機能、位置、姿勢、人数へ分解され、それらを組み合わせる対象になる。ある人物が「誰であるか」より、どの位置に置かれ、どの部位を使い、誰と組み合わされるかが重要になる場面が繰り返される。その結果、身体は交換可能な要素へ近づいていく。
Marcel Hénaffはこうしたサド的身体を、肉体の官能性だけではなく、生産、使用、交換、浪費のモデルから読み、サド文学における「リベルタンの身体」を分析している[1]。この特徴は、サド作品が「人間の内面」を深く描くタイプの心理小説とはかなり違うことを示している。感情の複雑さよりも、身体をどのように配置できるかが前景化し、人物が心理的主体から欲望を実行するための位置や機能へ変換されていくのである。
サド文学の特徴③:性行為と哲学演説が交互に現れる
サド文学を実際に読むと驚かされるのが、性描写の長さだけでなく、演説の長さである。人物たちは行為の途中で、神は存在するのか、自然とは何か、殺人はなぜ悪なのか、法律は何を根拠に人間を罰するのか、といった問題を何ページにもわたって論じ始める。そして演説が終わると、再び性行為や犯罪が始まる。
つまりサドでは、行為と論証が交互に繰り返される。哲学が単なる作者の解説として置かれるのではなく、犯罪者やリベルタンが自分の行為を正当化するために語り、その議論の直後に身体上の実践が置かれる。だからサドの思想を読むときにも、作中人物の演説をそのまま作者本人の信条として扱うことはできない。逆に文学として読む場合には、「誰が、どの状況で、何のために論証するのか」という配置そのものが重要になる。

サド文学の特徴④:閉鎖空間と制度
サド文学には、外界から切断された場所が頻繁に登場する。『ソドム百二十日』の城、『閨房哲学』の閨房、修道院や屋敷などである。そこで起こることは一見すると無秩序な放蕩だが、実際には、誰が命令し、誰が服従し、誰がどの役割を担い、いつ何を行い、規則違反をどう処罰するかが細かく定められている。とりわけ『ソドム百二十日』では、序盤から規則、階級、役割、時間割、行為の順序が制度化される[3]。
ここにサド文学の大きな逆説がある。通常の宗教的・道徳的秩序を破壊しているにもかかわらず、その先に自由で無秩序な祝祭空間が現れるわけではない。むしろ欲望を実行するための、より冷酷で人工的な秩序が作られるのである。Gilles Deleuzeは1967年の『ザッヘル=マゾッホ紹介:冷淡と残酷』で、サドとマゾッホを単なる相補的な性的嗜好としてではなく、法、制度、契約、文学的技法の違いから比較した。ただし、ドゥルーズが論じる「制度」は法や契約との関係をめぐる批評概念であり、『ソドム百二十日』に描かれる時間割や役割分担そのものと同じ水準の概念ではない。
この点で、サドの性はバフチン的な意味での「カーニバル」とかなり対照的に読むことができる。Mikhail Bakhtinが論じたカーニバルでは、公的世界の厳格な階層秩序から一時的に離れ、身分や権威が反転し、聖なるものが冒瀆され、人々のあいだに自由で親密な接触が生まれる。笑い、身体的過剰、上下の転倒、集合性がその重要な特徴である[4]。
これに対してサドでは、宗教・道徳・性的規範の侵犯は起きても、リベルタンと犠牲者、命令者と被命令者のヒエラルキーは解体されない。それどころか、その差は規則と制度によって固定・強化されることがある。社会的・道徳的な「価値の反転」は起きても、カーニバル的な「階層の一時的平準化」が起きるわけではない。Frappier-Mazurがサドのオルギアについて、「プロトコル」「階層」「権力と法」を論じていることも、この対比を補強する[4]。
したがって、これは本記事の比較的な言い方になるが、カーニバルが通常の秩序を一時的に溶解させる祝祭だとすれば、サド的放蕩は既存の道徳秩序を破壊したあと、欲望を遂行するための別の秩序を過剰なまでに構築する。サドの性は「何でもあり」のカオスというより、むしろカオスを許さないほど管理された逸脱なのである。
なぜサドの作品はこれほど長く、反復的なのか?
サド作品を読んだ人が抱きやすい感想の一つが、「長い」「同じことが何度も繰り返される」「途中で疲れる」というものだろう。この感覚は間違っていない。『新ジュスティーヌ』『ジュリエット』『ソドム百二十日』では、類似した犯罪や性行為、演説が大量に反復される。物語のテンポだけを基準にすれば、現代小説として非常に読みにくい。
しかし、この反復を単に「作者が文章を削れなかった」「冗長な作家だった」と処理すると、サド文学の特徴を取り逃がす。作品構造として見ると、サドの反復は欲望を一回の事件から切り離している。一つの行為が起きて終わるのではなく、別の人物、別の配置、別の強度で何度も実行される。その結果、個々の事件よりも、その背後にある反復可能なシステムそのものが前景化する。Frappier-Mazurも反復と書法を独立した問題として扱っている[1]。
また、この長大さは読者にも特有の効果を及ぼす。最初は刺激的だった描写が、何十回、何百回と繰り返されるうちに単調になり、疲労や嫌悪さえ生む。こうした「退屈」や「飽和」をサド本人が明確に意図したと断定することはできないが、後世の批評では、読者を単純に興奮させるだけではない構造的効果として注目されてきた。サド文学は、読者を興奮させると同時に、興奮そのものを摩耗させるほど反復するのである。
『ソドム百二十日』はなぜ特別なのか?
サド文学の形式を一作品だけで示すなら、『ソドム百二十日』が最も分かりやすい。作品の舞台は外界からほぼ完全に切断された城であり、四人の有力なリベルタンが多数の人間を支配下に置き、四人の語り手が毎日、過去に見聞きした欲望の事例を語る。性や暴力が物語上の事件として並ぶのではなく、あらかじめ設計された分類体系の一項目として処理されていくところに、この作品の異様さがある。
しかも、この作品は未完成である。第一部は比較的詳しい物語として書かれているのに対し、後半三部は次第に簡略なメモやリストへ近づいていく。文学作品が未完成になったという意味では欠落である。しかし結果として見ると、物語が徐々に「設計図」に近づいていくため、サドが欲望をどのように分類しようとしていたのかがむしろ露骨に見える[3]。
『ソドム百二十日』はサドの生前には刊行されず、初版は1904年だった。現在、1785年の自筆巻物はBnFに収蔵され、2021年に同館が取得したのち修復・デジタル化が行われている[5]。
サド文学はポルノグラフィなのか?
サド作品にポルノグラフィ的性格があることは否定する必要がない。露骨な性描写が大量に存在し、性的刺激や猥褻性は作品の重要な要素である。しかし、「だからサドはポルノであり、文学ではない」という二者択一も成立しない。
サド作品では性行為が、哲学的議論、宗教批判、政治、教育、社会制度、身体の分類などと結びついている。また、性描写自体も単なる刺激の連続ではなく、列挙、反復、数量化、規則、エスカレーションといった形式によって組織されている。したがって、ポルノグラフィであることと、文学的・思想的な形式を持つことは両立する。 むしろサド文学のおもしろさは、猥褻性を消して「文学」に昇格させることではなく、猥褻さそのものが文学形式や思想的論証と切り離せないところにある。
サドは残酷な作品しか書かなかったのか?
そうではない。サドは小説だけでなく、短篇、戯曲、文学論、政治文書、書簡など幅広い文章を書いた。1800年刊の短篇集『恋の罪』には『小説論』が付されており、サド自身が小説という形式について論じている。また『アリーヌとヴァルクール』のように、性だけでは説明できない政治・社会的内容を持つ書簡体小説もある。戯曲も多数執筆しており、『オクスティエルン』などは生前に刊行された。
そのため「サドの文学=拷問と性行為だけ」と考えると、実際の著作活動のかなり大きな部分が消えてしまう。もっとも、今日サドの名声を決定しているのが『ジュスティーヌ』『ジュリエット』『ソドム百二十日』『閨房哲学』などの極端な作品群であることも事実である。重要なのは、「残酷な作品を書かなかった」と弁護することではなく、さまざまなジャンルを書いた作家が、その中でなぜこれほど極端な文学形式を作り上げたのかを見ることである。
サド文学と「アングラ文学」の関係
サドをそのまま「アングラ文学作家」という現代的ジャンルへ分類するのは適切ではない。「アングラ文学」という呼び方自体がサドの時代に存在したわけでもない。しかし、作品と社会との「距離」という意味では、サド文学は地下性を考えるうえで非常に分かりやすい事例である。
サドの作品は、猥褻性、性、暴力、反宗教的思想などによって公的な文学制度や出版流通から長く押し出され、一部は匿名出版、秘密出版、私的・限定的流通の中で読まれた。19世紀にはサドという名前が悪名や「サディズム」という概念として広く知られていく一方、作品本文への公的アクセスは限定されていた。この状態は、完全な忘却というより半地下的受容と呼ぶ方が実態に近い[5]。
この意味では、サド文学は「内容が過激だから地下文学なのだ」という単純な例ではない。むしろ、作品・出版制度・規制・流通・社会規範の関係によって文学が地下へ押し出され、その後ふたたび公的文学制度へ回収される過程を見ることのできる事例である。Visceraでは、このような制度・市場・流通・規制・社会規範との距離を「地下性」として考えている。詳しくは「アングラ文学とは?:日本の『地下文学』を雑誌・自主出版・インターネットからたどる」で扱っている。
なぜサドは20世紀になって文学として再評価されたのか?
サドは1814年に死んだあと、すぐに「文学の古典」になったわけではない。19世紀には作品の一部が地下的・私的に流通し、一部の作家や知識人には読まれていたものの、公的な文学史の中心からは大きく外れていた。その一方で「Sade」という名前自体は、猥褻、残酷、犯罪、異常性の記号として作品以上に広がっていった。
20世紀になると、この状況が複数の方向から変化する。1904年には『ソドム百二十日』が初めて刊行され、1909年にはGuillaume Apollinaireが『L’Œuvre du Marquis de Sade』を編集し、序文、書誌、注を付してサドを一人の「著作を持つ作家」として再提示した。BnFカタログでは同書の1909年版が登録され、Gallicaで閲覧可能な資料として案内されている[6]。
その後、シュルレアリストたちもサドを自らの先駆者の一人として読み、Maurice HeineやGilbert Lelyらによる本文研究・校訂が進んだ。1931~35年にはHeineによる『ソドム百二十日』校訂版が刊行されている[5]。
戦後にはさらに流れが加速する。Klossowski、Blanchot、Beauvoir、Bataille、Lacan、Deleuze、Barthesらが、それぞれ異なる方法でサドを読み直した。彼らが関心を持ったのは、「サドは異常者だったのか」という伝記的好奇心だけではない。否定、自由、他者、禁忌、法、言語、反復、分類、制度といった問題を考えるためのテクストとして読まれるようになったのである。
したがって、「20世紀に誰か一人がサドを発見した」と考えるのは正確ではない。本文の再発見と校訂、前衛芸術、商業出版と裁判、思想・批評、さらに図書館や大学による制度的な保存・研究が並行して進み、かつて半地下に置かれていた作家が徐々に文学的古典へ変わっていったのである。現在、BnFが『ソドム百二十日』の自筆巻物を文学遺産として保存・修復・展示していることは、その変化を象徴している[5]。
サド文学は後世に何を残したのか?
サドの後世への影響を語るときには注意が必要である。暴力的な文学、猥褻な文学、BDSMを扱う文学、禁忌を破る文学をすべて「サドの子孫」と呼ぶことはできない。後代の作家については、実際にサドを読んでいたのか、作品内に引用や構造的参照があるのか、批評家が比較しただけなのか、それとも単に形式が似ているのかを区別する必要がある[7]。
それでも、文学形式という観点から見ると、サドが極端な形で示したものは大きい。欲望を反復可能な系列へ変え、身体を組合せ可能な配置へ変え、暴力を分類し、閉鎖された制度を作り、行為と論証を結びつけ、読者が耐えられる限界まで同じ構造を反復する。この意味でサドの文学的遺産を「残酷描写」に限定するのは狭すぎる。より重要なのは、欲望・身体・暴力そのものを体系化できる文学形式を極端なところまで実行したことだと考えられる。
後世の「サディズム文学」とサド本人の文学がどこまで同じなのかについては、別記事「サディズムの文学とは?」で詳しく扱う。
よくある質問
Q. サドで最初に読むなら、どの作品がいいですか?
以下は本記事の編集上の読書案内であり、作品の文学的価値や重要度を序列化するものではない。何を知りたいかによって入口は変わる。思想と性行為が結びつく構造を比較的コンパクトに読むなら『閨房哲学』、美徳と悪徳の反転を見るなら『ジュスティーヌ:美徳の不幸』、サド文学の分類・制度化が最も極端な形で現れる作品を見るなら『ソドム百二十日』が分かりやすい。一方、『新ジュスティーヌ』『ジュリエット』はサド的反復と哲学演説を巨大な規模で体験できるが、非常に長大であり、最初の一冊として万人向けとは言いにくい。
Q. 『ソドム百二十日』は完成した小説ですか?
完成していない。1785年にバスティーユで約12メートルの巻物へ清書されたが、詳しく小説化されているのは第一部で、第二部から第四部の大半はアウトラインやリストの状態にとどまっている[3]。したがって「1785年完成の四部構成長編」と書くのは不正確である。ただし、その未完成性によって後半が欲望の「設計図」のように見えること自体が、現在では形式上興味深い特徴になっている。
Q. サドの作品はすべてポルノですか?
すべてではない。サドは戯曲、短篇、文学論、政治文書なども書いている。また小説にも『アリーヌとヴァルクール』のように、性だけでは説明できない政治・社会的内容を持つ作品がある。一方で、『ジュスティーヌ』『ジュリエット』『閨房哲学』『ソドム百二十日』などの主要作に露骨な性的内容があるのは事実であり、それを文学的価値のために否定する必要もない。
Q. サド文学はなぜ同じ描写を何度も繰り返すのですか?
作品構造から見ると、反復によって個別の事件を「一回限りの出来事」から「何度でも再生できる形式」へ変えていると考えられる。人物、身体、配置、行為を変えながら似た構造を繰り返すことで、欲望は物語上の事件というよりシステムへ近づいていく。また、その反復は読者に疲労、単調さ、嫌悪を生むことがある。こうした反復・飽和・読者への過剰負荷は、後世のサド批評でも重要な問題になっている[1]。
Q. サドの性は「自由でカオスな性」なのですか?
必ずしもそうではない。『ソドム百二十日』のような作品では、通常の道徳や性的規範は徹底的に侵犯される一方、欲望そのものは階級、命令、時間割、規則、身体配置によって細かく管理される。そのため本記事では、サド的放蕩を「秩序のないカオス」と見るより、既存の道徳秩序を壊したあと、欲望のための別の秩序を構築するものとして読んでいる。このバフチン的カーニバルとの対照は、サド本人の自己説明ではなく本記事による比較読解である[4]。
Q. サドの文学と「サディズム文学」は同じですか?
同じではない。「サディズム」という語そのものがサドの死後に成立し、19世紀には性科学・精神医学の概念へ変化した。そのため「サディズム文学」は、歴史上のサド本人の作品と完全に一致するカテゴリーではない。また、残酷な文学、BDSM文学、侵犯文学、Sadean literatureもそれぞれ別の概念である。Visceraでは、サド本人の文学、サドを直接受容した文学、加虐・支配を主題とする文学、サド的形式を持つ文学を区別したうえで「サディズム文学」を扱う。
まとめ:サド文学の特徴は「残酷さ」だけではない
サド文学に性や暴力が大量に存在することは間違いない。しかし、「サド=残酷なポルノ作家」という説明だけでは、その文学的特殊性は見えてこない。サドが異様なのは、欲望と暴力をただ描くのではなく、反復し、列挙し、分類し、数量化し、身体を組み合わせ、規則と制度の中へ配置したことである。さらに、その行為の途中へ宗教、自然、法、犯罪、政治をめぐる哲学演説を挿入し、身体的実践と思想的論証を同じ作品の中で循環させた。
しかも、その放蕩は必ずしも祝祭的な無秩序ではない。通常の道徳や宗教は侵犯されても、権力関係そのものが解体されるわけではなく、欲望を遂行するための階級、時間、命令、規則がむしろ過剰に構築される。規範を破壊しながら、別の秩序を作る。 そこにもサド文学の奇妙さがある。
『ソドム百二十日』では、その形式がほとんど欲望の設計図に近づく。『ジュスティーヌ』と『ジュリエット』では、美徳と悪徳の通常の因果関係が反転する。『閨房哲学』では教育、性、哲学が一つの閉鎖空間へ集約される。そして、その過激さゆえにサド作品は長く公的文学制度の周縁や地下に置かれたが、20世紀には校訂、出版、前衛芸術、思想、裁判、研究制度を通じて、半地下的な猥褻作家から世界文学の古典へと位置を変えていった。
サド文学の本当の異様さは、残酷なことを書いたことだけではない。人間の欲望を、文学によってどこまで分類し、制度化し、体系化できるのかを、ほとんど耐えがたいところまで実験したことにある。
この記事の調査について
本記事では、サド本人の作品と、後世に成立した「サディズム文学」を区別している。また、作品の内容と形式を分け、暴力・性・支配という主題だけでなく、反復、分類、数量化、身体の組合せ、制度、哲学演説、読者への過剰負荷といった形式的特徴を重視した。
「カーニバル」との比較については、サド本人がバフチン的カーニバル概念を論じたという意味ではなく、本記事による比較読解である。Bakhtinが論じたカーニバルの階層反転・自由な接触・祝祭的身体性と、サド作品に見られる階級・規則・命令・身体配置の固定を対照した。サド側については、Frappier-Mazurがオルギアを「プロトコル」「階層」「権力と法」という問題から分析していることを重要な参照点とした。
『ソドム百二十日』については完成した四部構成長編として扱わず、第一部のみが詳しく書かれ、第二~第四部は主として設計・リスト段階にある未完稿として扱った。『新ジュスティーヌ』『ジュリエット』についても標題紙年と実際の流通時期を単純に同一視していない。
また、19世紀のサド受容を「完全な忘却」とはせず、悪名や名称が広がる一方で本文への公的アクセスが限定された「半地下的受容」として整理した。20世紀の再評価についても、一人の発見者による単線的な正典化ではなく、校訂、出版、前衛芸術、批評・思想、裁判、図書館・研究制度が並行して進んだ複合的な過程として扱っている。
注
- サド文学の反復・分類・オルギアの階層・身体・制度については、Lucienne Frappier-Mazur, Sade et l’écriture de l’orgie(1991;英訳 Writing the Orgy: Power and Parody in Sade, 1996)、Marcel Hénaff, Sade: L’invention du corps libertin(1978;英訳 Sade: The Invention of the Libertine Body, 1999)、Roland Barthes, Sade, Fourier, Loyola(1971)などを参照。Frappier-Mazurの英訳版目次には “An Ordered Indistinction: The Protocol of the Orgy and the Reduction of the Feminine”, “The Hierarchy of the Orgy: The Power and the Law”, “Repetition and Writing” が含まれる。Frappier-Mazur:University of Pennsylvania Press / DOI/Hénaff:University of Minnesota Press
- 主要作品の基本書誌についてはD.-A.-F. de Sade, Œuvres, éd. Michel Delon, Bibliothèque de la Pléiade, 3 vols., 1990–1998、およびBnFの作品典拠・書誌を参照。Sade作品:BnF Catalogue général
- 『ソドム百二十日』は1785年にバスティーユで33枚の紙を貼り合わせた約12メートルの巻物へ清書された未完稿。第一部のみが詳しく書かれ、第二~第四部は主として設計・リスト段階にある。四か月、各月150、計600の passions が構想されている。BnF「Le rouleau du Marquis de Sade : restauration d’un monument littéraire」。BnF資料間には巻物の全長について11.85m/12.10m程度の表記差があるため、本記事では「約12メートル」とした。
- カーニバルの比較基準についてはMikhail Bakhtin, Rabelais and His Worldを参照。本記事では階層の反転、聖なるものの冒瀆、自由で親密な接触、身体的過剰などをカーニバル的特徴として使用している。Internet Encyclopedia of Philosophy:Bakhtin Circle。サド側についてはFrappier-Mazurがオルギアの「プロトコル」「階層」「権力と法」を論じている。Frappier-Mazur。したがって「サド=反カーニバル」は先行研究の固定ラベルではなく、両者を並べた本記事の比較読解である。
- 『ソドム百二十日』は1904年に初めて刊行された。Iwan BlochがEugen Dühren名義で刊行し、Maurice Heineが1931~35年に原稿にもとづく校訂版を刊行した。自筆巻物は2021年にBnFが取得し、修復・デジタル化された。BnF「Le Marquis de Sade : de l’œuvre cachée à l’écrivain surexposé」/Maurice Heine校訂版:BnF
- Guillaume Apollinaire編 L’Œuvre du Marquis de Sade は1909年、Bibliothèque des Curieux刊。序文・書誌・注を伴い、Sadeを著作を持つ作家として公開的に再提示した重要な媒介である。BnFカタログではGallicaで閲覧可能な資料として案内されている。なお同書に収録された『Zoloé』は現在の校訂ではSade作とみなされないため、1909年時点の帰属判断と現在の作品帰属を区別する必要がある。BnF書誌
- 後世の文学との関係では、「Sade本人・作品の直接受容」「作者資料」「作品内intertext」「批評史上の比較」「形式的類似」「sadismの主題化」を区別する必要がある。残酷文学、BDSM文学、transgressive fictionをそのままSade文学と同一視しない。概観としてWill McMorran, “Sade and the Novel”, in Adam Watt ed., The Cambridge History of the Novel in French, Cambridge University Press, 2021, pp.237–254を参照。Cambridge University Press
参考資料・主要出典
サド本人の主要作品・校訂版
- D. A. F. de Sade, Les Cent Vingt Journées de Sodome, ou l’École du libertinage.
- D. A. F. de Sade, Justine ou les Malheurs de la vertu, 1791.
- D. A. F. de Sade, La Nouvelle Justine.
- D. A. F. de Sade, Histoire de Juliette.
- D. A. F. de Sade, La Philosophie dans le boudoir, 1795.
- D. A. F. de Sade, Aline et Valcour, 1795.
- D. A. F. de Sade, Les Crimes de l’amour, 1800.
- D.-A.-F. de Sade, Œuvres, éd. Michel Delon, Bibliothèque de la Pléiade, 3 vols., 1990–1998.
受容史・批評
- Guillaume Apollinaire, ed., L’Œuvre du Marquis de Sade, Paris: Bibliothèque des Curieux, 1909. BnF
- Maurice Blanchot, Lautréamont et Sade, 1949.
- Simone de Beauvoir, “Faut-il brûler Sade?”, 1951–1952.
- Georges Bataille, La Littérature et le mal, 1957.
- Gilles Deleuze, Présentation de Sacher-Masoch : Le froid et le cruel, 1967. Éditions de Minuit
- Roland Barthes, Sade, Fourier, Loyola, 1971.
- Marcel Hénaff, Sade: The Invention of the Libertine Body. University of Minnesota Press
- Lucienne Frappier-Mazur, Writing the Orgy: Power and Parody in Sade. University of Pennsylvania Press / DOI
- Will McMorran, “Sade and the Novel”, in Adam Watt ed., The Cambridge History of the Novel in French, Cambridge University Press, 2021, pp.237–254. Cambridge University Press
カーニバル概念・関連資料
- Mikhail Bakhtin, Rabelais and His World. カーニバル概念の概要はInternet Encyclopedia of Philosophyを参照。
- Bibliothèque nationale de France — 「Le rouleau du Marquis de Sade : restauration d’un monument littéraire」
- Bibliothèque nationale de France — 「Le Marquis de Sade : de l’œuvre cachée à l’écrivain surexposé」